必要な仕事?

音楽なんて不要不急だから・・・コロナ禍でいろんなことを言われている今とか、あと音楽なんてなんの力にもなれないと悲嘆した東北の震災直後とか、まあ自分のやっていることをいろいろと考えたことはあります。

「必要なことかもしれないけど今はいらないでしょ?」という巧妙なお話に納得しそうになってたこともあった。

最近、有名な方とかが自殺されたりするじゃないですか。
その理由は残されたものに正確にわかることはないけど、コロナの中で自分の無力さにがっかりしたり未来に希望を持てなくなったり、もうこれでいいやと思うことがあったとも聞きます。

で、こういう自分以外の人の気持ちに触れたときにふと思いました。
「必要な仕事って何?」
で、よくよく考えるとそんなもの存在しないんじゃない?ってことに思いあたりました。

それに対して「いや、農家はいるでしょ!」という意見。

いります???
全員が縄文時代くらいの自給自足の生活をするのであれば、それぞれに農業なり狩猟なりするから、農家は仕事としては成立しませんよね?

いや、縄文時代になんて戻りたくもないしもう戻れないだろって言われそうです。
その通りです。僕も絶対嫌です。
生き延びるためだけに毎日を過ごすんじゃなくて、文化的な人生を送りたいって思いますよね。
誰もが文化的に生きたくて、さらに言うと心の充足を求めて生きたいわけなのです。

マズロー先生が言ってるように、人間の欲求は生存欲求から承認欲求へと進化していくわけです。
生存欲求だけで満足できる生き物でなかったから人間は進化したと言えると思います。
でも高度な欲求を達成するためには、ひとつのことに傾注しないといけない以上、そのほかのことを誰かに託さないといけないわけです。
文化的に暮らしたいのであれば農家さんは必要ですよ。僕の承認欲求はお米を作ることでは達成されないけど、誰かが作ってくれないと僕は承認欲求を満たす活動ができなくなるので、プロに対価を払って僕はその成果物をいただきます。

NHKスペシャルの出来損ないみたいな文章が続いてごめんなさい。

小難しいかもしれないけど「必要な仕事」の言葉には、”コロナ禍で”必要な仕事、や、”バブル経済の中で”必要な仕事、などシチュエーションを限定する言葉がくっついて初めて成立する言葉であり、どんな状況でも誰にとっても必要な仕事なんてそもそもないのです。

さらに言うと、仕事=自分でもありません。
自分の承認欲求を満たすもの=仕事でもないです。
ってか仕事するために生きてる人っています??
仕事して対価もらって、それを使ってなにがしか心が満たされる行動をしますよね?
生きるってそういうことだし、かっこいいことだけで構成されてるはずがないです。

結局自分は自分でいいし、自分は自分でしかありません
ましてや世の中に悲観して死ぬ必要はない。

コロナの中でリスクを冒して音楽活動をする意味ってありますか?って質問

うっせーばーか!
というコメントしかありません。

少なくとも僕が僕の音楽を必要としていれば、世界中で少なくとも一人は僕の音楽を期待して生きているってことですよね?

うっせーばーか!=知らない奴がガタガタ言うな

ってことです。

落ち込んでるときに、あなたのためを思って的なスタンスでもっともらしいことを言ってくる奴は信用しないでいい。

巻き込まれて自分を殺しちゃダメ。

世の中になんてくっつけてなくても大丈夫。

むしろ適切な距離が必要。

ソーシャルディスタンスってそういうことだと思いますよ。

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