One Team??

先日新聞で「某政党の市長を誕生させてはいけない」という広告を偶然見ました。
その下には「One Teamで〇〇を創ろう」というコピーがありました。
下品だなということもあるけど、それ以前に誰かを排除していたらOne Teamではなくないか?という疑問が先に立ちました。

どちらの政党が正しいとかいいたい話ではないです。
One Teamという言葉、やはりこういう使われ方をされはじめたなあという絶望混じりの諦観です。

流行語だから仕方がない部分もあるけど、このOne Teamという単語は、決してオールマイティな単語ではないです。
ラグビーのように、明確な目標(勝利)があり、One Teamになる(一丸になる)ことで目標達成確率をあげましょうということのみ成り立つものだと考えます。
そして、その勝利の条件が誰の目から見ても同じであることが大事です。
ラグビーの場合は“相手よりも得点で上回る”です。
つまりはゴールが誰にとっても同じもので、道筋も明らかなものには成立する言葉です。
会社で上司がにわかに「One Teamで売り上げ目標を達成しよう!」と言い出すのは、たいへんめんどくさいですがセーフです。

そして、上記の場合は完全にアウトです。
人生のゴール、成功は人それぞれです。
何に価値を置いて生きているかはバラバラだし、かつ正解もないです。
で、その利害を苦心して調整しながら社会を動かしていくという姿勢がなければ、たとえどんな政策をかかげていても無価値、むしろ「この政策にイエスでないものは排除する」というメッセージを出していることとイコールです。
勝手に“正しさ”を設定して人を踏み絵にかけてんじゃねえよという話です。

政治のことはこのくらいにして、今回の「One Team」とく言葉は、日本人に強いと言われる同調圧力に非常に親和性が高く、ちょっとした怖さを感じています。

そもそも“One”である必要性ってあるのでしょうか?
スポーツなど一部特殊環境だけのものではないですか?
少し前まで“世界に一つだけの花”って言ってなかったっけ?

音楽だってそうです。
〇〇こそが真の音楽。これがわからない奴は音楽がわかっていない。
最近でこそ聞かなくなったこの言葉だけど、その昔はよく聞きました。

僕はメタル好きですが、好きな音楽を聞かれてメタルと答えると、なんでそんな音楽を聴くの?みたいなことを言われたりしたもんでした。
ってか今もそれはありますよね?
「ヒットチャートをにぎわす音楽がたくさんある中、なんでそんなマイナーなもの聴いてるの?不思議ちゃんぶりたいの?」みたいな言説はツイッターを観てる限りでも生存を確認できます。

かつて、メインストリームで生きられなかった僕は常に居心地の悪さを感じていました。

僕の場合、思春期は好きな音楽と同様、なかなか周囲とうまくやれないものでした。
同じ話題で笑えず同じ話題で盛り上がれない。ねじれた自己愛と育つ卑屈さのなかで、なんとか僕を救ってくれたものがヘビーメタルという音楽でした。
誰にもある不安定な時期を生き延びさせてくれたもの、僕の場合は「友達の絆」とか「親友」とか「誰でも感動するラブソング」とかではなく、国籍も違えばそもそも会ったこともない、なんかやたらうるさくて野蛮な歌詞を歌うバンド達だったわけです。

今となってはこの生き方も間違っていたとは思いません。
税金もちゃんと納め、社会に害も(多分)与えず別に普通に暮らしてます。

One Teamという言葉が世の中を席巻する中、メインストリームになじめないまま生きていて、それを悩んでいる若い人たちには、そのままで何も間違っていないよと伝えたいです。
まあ、年の離れたおっさんが何を言っても心には残らないだろうから、自分が心を開けることに向き合ってほしいなと願っています。
世界は自分と自分以外という狭いものでないことは、いずれ気づく日が来ます。
そしてブームはすぐに去ります。

One Teamがそこかしこで聞かれる真っただ中で、そう思ってない人間がいるという証拠をブログに残しておきます。
お読みいただき、ありがとうございました。