インプットの重要さ

いやあの、勉強しろとかおっさんくさい講釈をたれようとしてるわけではないです。
わかっていることなんだけど、あらためて思ったというかなんというかの独り言です。

僕には2歳の子供がいまして今日は堺の南の方にあるハーベストの丘というところに家族で行ってきました。
動物と触れ合えたり人工芝をそりで滑ったり(えらい急坂やった)ゴーカートに乗ったり、子供が喜んでくれるものがたくさんあるわけですよ。
で、水遊びのコーナーで知らない子供が転んだ水しぶきとか浴びせられてるときに感じたんだけど、これって子供がいたから得ることができた経験やなと思ったわけです。
子供がいなけりゃこない場所だったわけです。(もしくは彼女とのデートとか・・)

逆に考えると、僕がもしまだ独身だったら今日は誰かのライブに遊びに行ってたと思うし、そこで自分の音楽人生に何か大きなヒントを得ていたかもしれませんし、少なくとも音にまみれて楽しかった記憶は確実にひとつ増えます。

で、人生がいくつもあるんならそれぞれ経験して楽しめばいいんだけど、いかんせん一回きりなんですよね。しかも歳をきっちりとっていくから、その時にしかできないことが10あるとしたらどうがんばっても5はできずに終わる。

もっと近しい例でいうと、昼飯ラーメン食べようと思ったとして、行きつけのところに行けば新店開発はできないし、新店に行けばいきつけの店に行ける経験はなくなるわけです。

まあ、何かを得るには何かをあきらめるってことでそれはそれでいいんだけど、結果として自分の中に降り積もっていくインプットには気をつけないといけないなと思いました。
人間どうあれインプットがないとアウトプットできない生き物です。
インプットの積み重ねが人間性なわけで、音楽は人間性がどうしても出るものだから、このインプットが些末なものしかないとしたら、どれだけ練習をしても無駄なんだろうなあと思うわけです。(でもきっちり“技術”というインプットがあれば、それはそれで道はひらけるか・・・)

自分の意志だけでは決められないことの方が人生は多いけど、ただその選択されたことについては、ただ流しておしまいではなく意識的に自分の中に残せるものを作っていきたいと思うし、できる限り目的意識をもって行動したい。

そしてその結果として、いいライブがしたい!!!(笑)
結局ここに落ち着いたとこで本日のブログは終了!長文を読んでいただきありがとうございました。